Tag: 自己肯定感

  • 自己肯定感が低いあなたが実践すべき7つの習慣

    自己肯定感が低いあなたが実践すべき7つの習慣

    photo credit: Sophie via photopin (license)

    自分は駄目だ。なんでうまくいかない。

    私は日常生活で少しうまくいかないことがあると、いつも絶望的な感覚にとらわれていました。こういう感覚の原因は、全て自分の要領の悪さや至らなさのせいだと考えていたのです。何か悪いことがあると一方的に自分を責める。一方で、いいことがあると過剰に自信を持つところもあり、割と気持ちの起伏の激しい生活を送ってきました。

    ですが、いいことも悪いことも人生おこるのが人生ですし、悪いことがあったからといって必ずしも100%自分の責任と抱え込みつぶれてしまう必要もありません。根本的な原因は

    自己肯定感が低い

    こと。これにつきます。自分の感情というのは意識しなければ振り回されるだけです。悪いことがあれば、過剰に落ち込み、いいことがあれば舞い上がりすぎてしまう。私は片親、一人っ子という環境もあり、人に合わせるのが苦手というコンプレックスの反動で、外的環境に感情を依存しすぎてしまい、判断力、決断力にかけてしまうところがあります。

    このことを自覚するのに随分時間がかかりました。一方で自覚が生まれたので改善のためにできることをいろいろとやっています。今日は私の取り組みを紹介します。

    自虐的な言葉は使わない

    言葉は人に対して投げかけるものですが、発した自分自身も聞き手として受け止めています。ネガティブな発言は相手に対してだけでなく、自分に対しても投げかけられているのです。

    人間の意識の9割は自覚できない潜在意識だと言われています。そして、潜在意識は文脈から主語を判断できないとも。このため、人の批判をしたり、ネガティブな言葉を発すれば全て自分のこととして脳が認識してしまう恐れがあります。

    場を和まそうとする際、一番簡単な方法は場の中で一番立場の低い人をいじることです。私は人をいじって笑いを取るということに抵抗があったので、自分から進んで低いポジションニングをとることで場を和まそうとするところがありました。

    ある程度は気遣いとしていいと思うのですが、それが常習化してしまうのは危険なことです。集団の中で低いポジションニングを進んでとることが常習化するとセルフイメージが低下してしまいます

    私はそれに気付いてからすぱっとそういう立ち回りをやめました。言葉の使い方はセルフイメージを決定的なものにします。口癖が前向きな人は、性格も前向きになりやすいですし、感謝の言葉が自然に出てくるようになればイライラが減り、不要なストレスを抱え込まなくてよくなります。

    私はコンビニのレジでかならずありがとうございますと店員さんに声をかけるようにしています。

    部屋の片付けはきちんとする

    少し前まで部屋の片付けがもの凄く苦手でした。

    自己肯定感と部屋の片付けに何の関係があるの?と考える方もいるかもしれません。ですが、私は経験上100%を関係があると考えています。

    部屋が片付いていない状態は気持ちが落ち着いていなかったり、自分の気持ちに余裕がないことの現れです。ストレスにも繋がります。

    個人的な感覚ですが、部屋が散らかっていて人に見せられない状態のときはどこか後ろめたさを感じてしまいます。なんというか自分のことを自己開示できない感覚に近いと言えます。自分のことをオープンに話せないから、自己肯定感も低くなると言える気がします。

    もし恋人とデートをして、部屋に呼ぶのが抵抗があるほど散らかっていたら自分に自信が持てるでしょうか。少なくとも私はムリです。部屋が片付いている状態とはいろんな準備ができている状態でもあるのです。準備は自信につながります。

    定期的に思考を書き出す

    あなたが自分に自信がないと感じている本当の理由は、誰かに要求されていることをこなしているだけだからということはないでしょうか。本当の自分の中にある欲求と向き合えていないからなんとなく自信がないのかもしれません。

    そんなことを言うなら、お前には自分の本当にやりたいこと、夢や目標があるのかと質問される私もそこまで具体性のあるものはなく言葉に詰まってしまいます。

    ただ、そんな私ですら実は一時期はは夢があると考えていました。思い返してみると学生のころまでは、教師になるのが夢でしたし、社会に出てからは敏腕なプロジェクトマネージャーになることが夢だった時期もあります。

    ただし、今思えばそれは誰かが言っていたことに相乗りしていただけで、自分の欲求ではありませんでした。周囲から要求されること、求められることを突き詰めていったことを夢や目標としていただけで、本当の意味の夢とはほど遠いものでした。本当の夢というのは、自分の内側から湧き出てくるもののはずなのです。

    夢は過去への復讐であるという言葉があるくらいです。自分が夢や目標だと思っている形が単なるコンプレックスの解消であったり、人から要求されたものに乗っかっていただけだったりということはよくある話なのです。

    自分の根っこにある欲求というのは案外わかりにくいもの。自分の欲求と現実の歪みが自覚なく大きくなるにつれ、自己肯定感が奪われていきます。これを解消するには、ブログ、あるいはプライベートな日記を書くことで自分の思考が整理され、自分の感情と正面から向き合うことができます。

    スポーツをする

    私は体育が大嫌いで、部活では常にベンチウォーマーのような人です。それでも今は時間の揺る限り、バドミントンをしたりランニングや水泳、冬場はスキーもしています。

    ストレスを扱う仕事の方の間では、精神的な状態と肉体的な状態に相関関係があることは常識のことだそうです。一流のスポーツ選手は必ずメンタルトレーナーもつけています。一瞬の判断ミスで勝敗が分かれてしまうアスリートの世界では、精神状態がプレーに直結することをよく知っているからです。

    そして逆も真なりです。肉体的な衰えは、思考力、判断力の低下を招くのです。肉体的な硬さと思考の柔軟性にもある一定の相関関係があると言われています。肉体を鍛えることで、思考が前向きになり、自己肯定感を高められると私は感じています。

    また、精神的なストレスは肉体的な疲労で相殺できるとも言われています。運動不足の現代人は低体温になりがちです。低体温は万病のもとですが、肉体的な病気だけでなく、思考パターンにも影響を与えると感じています。人間は体温が下がると後ろ向きな思考になりやすいのです。

    ランニングでヘトヘトになったあとに、とても気分がよくなってことは誰でもあるはずです。運動を定期的にすることで体温が上昇し、前向きな思考になりやすいのは間違いないでしょう。

    さらに私の場合運動ができないということもコンプレックスとなり自己肯定感を低下させていた部分があります。継続してやっているスポーツがあるということはそれだけで、自分に自信と健康をもたらしてくれます。

    蛇足ですが、スポーツは最も強力なコミュニケーションツールの一つです。共通のスポーツをしているというだけで、話題の幅は一気に広がります。

    朝のテレビ番組は見ない

    テレビは全くみないとまではいわないですが、朝の報道番組はまったくみません。

    朝一から、殺人事件と先行きの見えない経済の話と知り合いでもない芸能人のゴシップを見ても何の意味もありません。気持ちが不安定になるだけです。自分がコントロールできないネガティブな情報はネットのニュースで一読する程度で十分です。

    私はお笑い番組もアニメも好きですし、時には秀逸なドキュメンタリー番組もあるのでテレビを全否定するつもりはありません。ただし、朝の報道番組は精神衛生上、まったくメリットがないと考えています。

    人間の精神力は、体力と同じように一日で消費できる量は一定だと言われています。無駄な情報を仕入れて感情を振り回してしまえば、その後する予定の仕事や、自分の大事な時間に影響を与えかねません。

    そして悲観的な情報ばかり仕入れていれば、いずれ自分の思考も悲観的になってきます。感情の出し入れもある程度意識的にコントロールすることで、心に余裕が生まれ自己肯定感が高まるのです。

    自分の変化を記録する

    自己肯定感の低い人は、常に成長していないと いう感覚にとらわれていることが多く、逆に何を成し遂げても満足できないという思考パターンに陥りがちです。さらに言えば、自分が何もしていないと感じれば、罪悪感にすら捕らわれてしまうことがあります。

    近年、海外のアニメ映画の作品でありままでいることが重要であると話題になりましたが、自己肯定感の低い人にとってありのままでいることはかなり苦痛です。

    ただ、ここで言う成長とは実際に成長したかどうかよりも、成長を自分が実感できるか、すなわち成長感のほうが重要です。いくら成長しても実感出来なければ意味がないので。そして、自分の成長を実感するには、自分の行動を書き出すして記録することがおすすめです。

    ノートやスマホに日々自分がした小さな変化を記録することで、成長感を手に入れることができます。そしてそれが自信につながり自分を受け入れ易くなるのです。

    呼吸を意識する

    私のように自己肯定感の低い人というのは、少しうまくいかないとすぐ落ち込んだり、自分を過剰に責めたりして感情の起伏が激しいことが多いです。私はこのような人はまず、呼吸を意識することで感情をコントロールしやすくなると考えています。

    呼吸は、人が唯一自分でコントロールできる自律神経です。

    自分の感情の起伏が激しくなっているなと感じたら、長めに息をゆっくり吐き出してから、吸い込むと効果的です。無駄な感情の消耗が減り、情緒が安定します。

    できる人は呼吸だけでなく、瞑想いわゆるマインドフルネスなどもおすすめなのですが、私は目をつぶってじっとしているのが苦手なので今はできていません。無理のない範囲でいいのだと考えるようにしています。

    今日のアクション

    この他にも細かくあげればいろいろあるのですが、私はこれらの習慣によって自分の変化を少しずつ感じることができるようになってきました。難しいことではないので、自己肯定感が低いと感じる人はできるところから挑戦することをお勧めします。

  • 一瞬で底力を引き出す方法

    一瞬で底力を引き出す方法

     

    ここ一番で勝負強くなりたい。

    私にはそんなモヤモヤした気持ちがいつもあります。

    こういう性格をなんとかしたいと、心理学関係を読むのですが、ちょっと深めの本を読むと内容が宗教よりであったり、スピリチュアルよりであったりと抵抗を感じてしまうものも少なくありません。

    勝負強さや前向きさを身につける上で参考になる分野はないかと考えているうちにたどり着いたのがスポーツの分野でした。

    サッカーのワールドカップ予選の決勝で本田選手がPKの土壇場で見せた精神力が凄まじかったようにスポーツの世界では一瞬の精神力が勝敗を分けることがよくあります。コーチが選手にかける一瞬の言葉が次の瞬間のパフォーマンスに大きく影響を与えるのです。

    岩崎由純氏はNECレッドロケッツのコーチを勤めていたアスレチックトレーナーです。数多くのスポーツ選手を育てオリンピックの強化スタッフも勤められています。

    現在は一瞬でスポーツの現場で培った選手を励ますたのショートスピーチ「ペップトーク」の普及を中心に活動をされています。今回講演会があるということで参加してきました。

     

     

    岩崎由純 公式サイト | ご挨拶
    スポーツごまかしがききません。

     

    ペップトークとは

     

    ポジティブシンキングを引き出すために前向きな言葉を使いましょうということはいろいろなところで言われていますが、試合開始前のベンチでコーチや監督が選手に向けて発する言葉はもの凄く影響力があります。長く話し過ぎても間延びしてしまうため、短く、分かりやすく、肯定的な言葉を使って人をその気にさせるスピーチをする必要が入ります。このショートスピーチのことをペップトークといいます。

    ただ、肯定的に話すだけでなく人のやる気とパフォーマンスを最大化するそれがペップトークなのです。

     

    20131008193457

     

    潜在意識は否定語を理解できない

     

    アスレチックトレーナーは、人を指導する立場の人です。人を指導する上で注意しなければならないこととして、否定語を交えて人を注意しないことが重要だそうです。

     

    潜在意識は否定語を区別できません。

     

    監督が選手に「~してはいけない」と注意するのは逆効果だそうで、分の悪い試合でも「負けるな」と激を入れると選手は負けたときのことをイメージしてしまい、パフォーマンスが落ちるのです。人を指導する際には、して欲しいことを伝えるのが重要なのです。

    今年、パリーグ初優勝をした星野監督は選手にとにかく自分達の野球をするようにアドバイスを徹底したとのこと。一流の指導者だからこそ、言葉も選んだということでしょう。

     

    最強のドリームサポーターは自分

     

    人は、自分を取り巻く環境の中でセルフイメージを決定します。ピグマリオン効果とゴーレム効果という言葉があり、人は欲も悪くも人に振り回されやすい生き物であることが証明されているのです。人からの過剰な期待やその逆のことも気にしすぎるとストレスの元になります。脳はストレスがかかると弱くなる。ストレスが外れると創造的な閃きができるのです。

     

    ピグマリオン効果 とは – コトバンク
    期待に応える

     

    ゴーレム効果 とは – コトバンク
    期待値が低い場合もその通りに

     

    この話を聴きながら、人の期待に応えようとするのは重要なことだけど、人に自分の決定権を全て預けるのはいいことではないということを改めて考えました。きちんと周囲からどう評価されようと自分を奮起できるようにいつもなっておかないと世の中の荒波に飲み込まれかねないなと感じるのです。

    ペップトークの世界では、自分の気持ちが揺さぶられる言葉を常に持ち歩くことを推奨しています。よくスポーツ選手が座右の銘をもっているという話は聴きますし、やはり言葉の力は強力です。

     

    今日のアクション

     

    岩崎氏は子供ころからオリンピックに行くという夢を持ちながらも怪我で挫折し、それがきっかけでトレーナーとしてオリンピックに行くきっかけを掴んだです。

    名監督が名プレイヤーとは違う資質が必要と言われる通り、岩崎氏のお話は聞いていて元気の出る内容でした。現代はスポーツのコーチングがビジネスのコーチングの世界に取り入れられることが増えているそうです。当ブログのタイトル「モンハコ~問題の8割はコミュニケーション」にまさにぴったりの内容でしね。

     

    追記

     

    岩崎氏はロサンゼルス五輪のときに男子マラソンの金メダリストカルロス・ロペス氏のコンディショニングを現地で担当されていたそうです。そのときの逸話がすごいので、興味のある方はどうぞ。

     

    1984年 ロス五輪 男子マラソン裏話:とれとれ、トレンド:So-netブログ

  • 自分の儀式を沢山つくれば自信は作れる

    自分の儀式を沢山つくれば自信は作れる

     

    自信には2種類あるということを意識したのは最近のことです。一つは根拠のある自信。もう一つは根拠のない自信。前者は人からの評価やなんらなの業績をあげたときにできるもの、後者は何もない状況あるいはマイナスの状況でも自分ならなんとかできるという漠然としたもの、いわゆる自己肯定感というものです。

    生きていく上では、実は後者のほうが大切だと私は考えています。常に人に評価されるとは限らないですし、言われない誹謗中傷を浴びることすらあり得る訳です。

    私自身は、この二つを意識せずどちらかというと前者のほうばかりを追いかけて、疲弊しきってしまった時期があります。人からの評価は重要ですが、気にしすぎるあまり自分を見失ってしまうことになりかねないと経験則から感じています。

    では、根拠のない自信を作るにはどうすればいいかというと、自分に儀式を作り常に安定した精神状態を作ることが重要だと考えています。

     

    たった3分で誰でも自信がもてる本 (中経の文庫)

     

    イチローはバッターボックスに立つときに必ずきまった動作をして自分の気持ちを安定させて試合に臨みます。自分の中の儀式やルールをたくさん作っておくことが根拠のない自信につながることを知っているからです。

     

    話は常にいいきりで

     

    その人がどういう言葉を普段使っているかはセルフイメージを決定的なものにします。

    ブログを書く上で細かくルールは決めていませんが、「~と思う」という言葉は入れないようにしています。書いている内容が事実であるなら「~である」「~です」を、仮説を交えて書いていることなら「~と考えられる。」「~と予測できる。」と書き、もしも情緒的な内容を書くのであれば「~と感じる」といった具合に、事実となのか、意見なのか、それとも自分の感情的な部分なのかの使い分けをもの凄く大事にしています。思うという言葉は曖昧であり、それがなんなのかが相手にはっきり伝わりません。

    仕事の上での情報伝達でもなんとなく相手に自信がないように伝わってしまいます。特にシステム構築など、モノを作る仕事の共同作業ではゼロかイチかをはっきり伝えなければ大きなトラブルのもとになってしまうのです。

    また、言い切りの言葉を自分に言い聞かせることで気持ちのブレが少なくなるという効果もあります。

     

    すいませんは禁句

     

    ネガティブな言葉を使うことが常習化していると自己評価が低くなることは心理学的には常識です。きちんと謝罪すべき場面ではきちんと謝るべきですが、不用意になんでもすいませんと言ってしまうことにメリットはありません。もし自分の間違いを指摘されたならすいませんの前に、ありがとうと指摘に対して感謝を伝えれば良いと私は考えています。そのほうが指摘した相手も気分がよくなるでしょうし。

    大抵のものごとはポジティブな側面とネガティブな側面を両方持ち合わせています。ケチだと言われる人は倹約家だといい変えることができますし、つきあいの悪い人というのは自分の時間を大切にしている人と言い換えることができます。ものごとのポジティブな面をできるだけ見ることで、不要なストレスを感じることがなくなり、自分の気持ちが楽になるのです。

     

    同じテーマの本を5冊読めばプチ専門家

     

    知識を持っていればいいという訳ではありませんが、自信をつける上で博識であることは大きな後ろ立てになります。どのような仕事をしているのであれ、仕事を通じて得られる知識というのは自分の業界に関するものが中心になってしまい、偏ったものになりがちです。

    読書を通じて、自分の見識を広げておくことは自分の自信につながります。

    また読書をする際も、ただ漫然と読むだけでなく、「仮説と検証」を行うと良いと考えています。本に書いてあることを全て鵜呑みにする必要もないでしょう。

    近年はスマートフォンやタブレット端末で手軽に読書ができるようになっているため、隙間時間を有効に活用することで、隙間時間に読書をすることで週に一冊程度の読書はできるはずです。。可能であれば読書記録も付けて、ブログやSNSにアウトプットすると良いです。より効率的に知識を吸収することができます。

     

    今日のアクション

     

    たった3分と本書のタイトルはなっていますがされど3分です。毎日継続しなければ意味がないので、無理のないところから取り入れることをお勧めします。

    ※本書は松尾昭仁様に御献本頂きました。ありがとうございます。

     

  • みんな同じというのは病だと思う

    みんな同じというのは病だと思う

    photo credit: John-Morgan via photopin cc

     

    コモディティ。

    日本の社会全体を見渡した時にコモディティ化した人を求めているとしか考えられないことがよくあります。教育、企業、その他世の中のあらゆる場面で標準化から外れた人間はいらないという風潮をかんじるのです。

    一方で、マスコミを始め、様々な媒体で実力主義、個性を重視しましょうといっていますが、社会経験を踏まえていうとそういう人が必要とされる場は、日本の社会においてごくわずかです。

    没個性な人間がたくさん欲しいのに個性が必要だとアピールする、何というかこういう状況を見ていると世の中の本音と建前が逆転してしまっているように感じてしまいます。

    世の中の大半の組織と呼ばれるところでは、その業種の標準的なスキルを持った(低すぎるのは困るがオーバースペックもこまる)、コミニケーション能力の高い人(空気が読めて自己主張をしない人)が求められています。これはいわゆるコモディティです。

     

    自分を愛する力 (講談社現代新書)

     

    著者の乙武洋匡氏は五体不満足で脚光を浴びた、ベストセラー作家であり、重度の障害を抱えながらもフリーランスとして独自の働き方をされているコモディティとは正反対の方です。

     

    教師としての3年間

     

    本書を読んで始めて知ったのですが、乙武氏は、二十代の後半に杉並区の教育として三年間勤務されていたそうです。

     

    僕が思っている以上に、学校とは「横ならび」を意識しなければならない組織だった。右を見て、左を見て、ほかのクラスと足なみをそろえて、ようやく前に進める。いや、それをしなければ、前に進めないような職場だったのだ。  もちろん、そうした風土のほうが仕事をしやすいという人もいるだろう。だが、大学を卒業してからは七年間、フリーランスという立場で、すべての判断を自分の責任においてみずから下すという仕事の進め方をしてきた僕にとっては、それが窮屈で仕方なかった。正直にいえば、そこに独創性は求められていなかったのだ。

     

    乙武氏には自身の生い立ちから教育に対する独自の考え方があり、子供達の自己肯定感を育てるため、様々な取り組みを行っていきます。ですが、イレギュラーを嫌う教職員も多く、本書ではその葛藤が描かれています。

     

    ゆとり教育は悪か

     

    私より少し下の世代からゆとり世代と一括にされ、教育カリキュラムの犠牲者のような扱いを受けています。

    私は個人的にゆとり教育の理念そのものは、大きく間違っておらず、具体的なカリキュラムに落としこむ段階や制度の運用、あるいはゆとり教育というネーミング自体に問題があったのではと考えています。

    ゆとり教育の問題点は知識量の低下による学力低下といわれています。ですが、私は知識の詰め込みとゆとり教育が対立する概念だったとは考えていません。

    教育の専門家ではないので、間違っているかもしれないですが、ゆとり教育とは脱コモディティ化教育、自己管理教育であり、自分でゆとりを生み出すための教育だったと考えています。必要な知識はきちんと習得した上で、自分の時間をどう使い、意志決定力をどうつけていくのか。それが重要だったように感じています。

     

    自分の人生の正解は自分で見つけるしかない

     

    僕らは、授業で「これが正解だ」と教えられ、それを必死になって記憶してきた。そして、テストという場でいかにその記憶を正確に取りだすことができるかを問われてきた。記憶が正しければ正しいほど、いい点数が取れた。それを勉強だと思いこんできた。  ところが、社会に出てみて、愕然とする。「正解」や「模範解答」が存在する問題などほとんどない。どれもが「自分なりの答え」が求められることばかり。だからこそ、僕らは社会に出て、「あなたなら、どうしますか?」と問われたときに、「いったい、どうしたらいいのだろう……」と、戸惑い、凍りついてしまうのだ。無理もない。そんな練習は、家庭でも、学校でも、ほとんど積んでこなかったのだから。

     

    少なくとも自分の人生の正解は自分で見つけるしかありません。少し昔なら、職場で定年まで勤め上げ、子供を育て、安らかな老後を送るというようなロールモデルが存在していました。

    みんなと同じ人生を送ることが幸せになる方法ではなくなりつつあるのです。

    冒頭にコモディティという言葉を使いましたが、職能的な部分だけでなく、生き方までコモディティになってしまったら、本当につならないと最近考えています。

     

    今日のアクション

     

    教育に関する本というのをここ何年も読んでいなかったのですが、久しぶりに読んで熱い気持ちになりました。著者の子供達への愛情がつまった一冊です。

     

  • 根拠のない自信が大事だという人は無責任だと思う

    根拠のない自信が大事だという人は無責任だと思う

    photo credit: Wendkuni via photopin cc

     

    よく書籍やメルマガ、ブログなどで根拠のない自信が重要です、というのを見かけるのですが正直カチンときます。

     

    それが出来ないから苦労しているんだ。

     

    なんというか、自分が何事にも自信を持てずに苦労しているほうなので、看過できないのです。

     

    根拠のない自信の裏にあるものは何か

     

    私はどちらかというと理屈できちんと説明出来ないものはあまり好きではないです。(もちろん世の中には理屈では収まらないこともたくさんあることは重々承知の上ですが)。

    ですので、ただ無条件に自信を持てと言う言説を見ると、具体的に再現可能な方法としてどうするのか説明出来ないのであれば、そんなことは書くべきではないし、デリカシーがないと考えています。

     

    結局それはあなただからできたんですよね。

     

    私の性格がひねくれているのでしょうか。

     

    根拠のない自信の正体は自己肯定感

     

    様々な本を読んでいるうちにたどり着いたのは、根拠のない自信の根拠は、自己肯定感につきるということでした。無条件に自分を肯定する。これが根拠のない自信の正体なのです。

    ですが、ここからさらに大きな問題が。

    無条件に自分を肯定するってどうすればいいの。

     

    自己肯定感を高めるにはトレーニングが必要

     

    私も専門家ではないので、詳しいこと断言できない部分がありますが、自己肯定感、あるいは根拠のない自信は、トレーニングして身につけるものだと考えています。しかもそれは一丁一夕に効果が出るものではなく、年単位で地道なトレーニングを積み重ねて初めて成立するものです。

    根拠のない自信を持てと人にいうのは、自信を持てない人言い放つのは、素振りの練習もしないでいきなり甲子園に行けと言っているようなものだと私は考えるのです。

     

    今日のアクション

     

    人のマインドセットというのはいきなりは変わりません。地道に時間を掛けてコツコツ変えて行くしかないのです。この部分を省いて自信を持てと人にアドバイスをすることは無茶振りだと私は感じています。