Tag: 週記

  • 震災は私とメディアとの付き合い方を変えた

    震災は私とメディアとの付き合い方を変えた

    今日は3月11日。東日本大震災から丸6年になります。テレビをはじめとして、いろいろなメディアでは特集が組まれていて、地震の記憶を風化させない取り組みが行われています。

    私の身近な人に限定すれば、幸い東日本大震災で身内がなくなったとか、あるは居場所が分からなくなった人がいるという話はありませんでした。九州出身ということもあり、東北地方とそれほど縁がなかったのです。

    そんな私にとって、震災が一番与えた影響は、メディアとのとの付き合い方でした。当時、テレビで流される津波と原発事故の映像を繰り返し見ているうちにだんだん気分が悪くなっていったのを覚えています。

    そして、原発事故での東京への影響が気になる中、一番知りたい情報がそこからは手に入らないことに私は苛立ちを覚えていました。

    一方でTwitterをはじめとするネットには、地震や原発事故に関する速報がどんどん流れてきていました。行方不明者がTwitter経由で見つかったという話もあるくらいで、この時ほどインターネットの力を感じたときはありませんでした。

    もちろん、その中にはデマもたくさん含まれてはいるのだけれど、それでも何か既存のメディアには何か都合の悪いことを隠しているという雰囲気が漂っていたので、ネットの情報のほうが余程有り難かった。

    この時を境に、あまりテレビ番組は選んでみるようになったし、震災関連のネットニュースを探すうちに「わかったブログ」と出会い、その後ブログを書くことに繋がっていきました。

    震災を経験しても、我々は何も変わっていないと自虐的に言う人もいるけれども、振り返ると私個人はいろんな影響を間違いなく受けている出来事だったと感じています。

    今週の気になっている本

    テレビでも、報道番組は特にみなくなってしまったのですが、それでも池上彰さんのようにマスに向けて発信することを生業としている人の表現方法に学ぶべき点があるとあると感じています。

    なんというかネットニュースはネットニュースで独特の偏りがあるので、やはり独自の見る目を如何に養うか。これにつきると感じるのです。

    今日のアクション

    震災からもう6年。震災で亡くなられた方のご冥福を改めて祈るとともに、被害に遭われた方々が本当の意味で笑顔を取り戻せる日が一日でも早く訪れることを願っております。

  • ライフハックと情報発信は一体不可分だと改めて感じる

    ライフハックと情報発信は一体不可分だと改めて感じる

    当ブログは、一応読んでくれている方からはライフハックブログだと認識されていることが多いです。ブログを開設した当時、仕事上のコミュニケーションで猛烈に悩んでいた時期でもあり、ビジネス書などを読みあさったりしていたので、ある種なるべくしてなったと言えます。

    その時期から随分時間が経ち、情報発信を続けて今に至っています。私の個人的な感覚で言えば、ライフハックは発信することと、ワンセットでなければ成立しない分野です。

    ライフハック界隈では、今も仕事の効率をあげて生産性を向上させよう!とか、ストレスフリーで仕事をしようとかそういう話題で溢れています。もちろんこれらの技術は目の前に差し迫った仕事があるときに協力な武器になります。

    ただ、一方で生産性や効率だけを追い求めているといずれ必ずうまくいかなくなるとも私は考えています。極論してしまえば、生産性の向上や効率化は、誰かに使われるための歯車、もっと言えば奴隷の技術とも言えなくもないのです。

    結局はライフハックは与えられた課題を如何に効率的にこなすかというところに重きを置いた技術でしかありません。自分で主体的に仕事をコントロールしているとは言いがたい部分があります。

    やはりそれだけでは駄目で、自分だけしか出来ない仕事、ポジショニングを見つけることこそが最終的なゴールになってくるのだと感じています。

    ですが、そのために劇的な媚薬はなく、日々の習慣の改善、自問自答を繰り返すしかないように感じています。そして、そのための有効なツールがブログであるとも。

    最近、ブログで豚骨ラーメンの記事を書いていますが、自分は食に感心はあまりないと考えていました。ですが、実際ブログに書き始めると1食1食を無駄にしないように、積極的にお店をしら得ている自分がいます。

    ブログにアウトプットする前提があるから生活のクオリティがあがり、それが自分だけのポジショニングに繋がっていく。ライフハッカーこそ、ブログを書いてなんぼなだと改めて感じています。

    今週の気になっている本

    誰かに与えられた仕事をこなすだけでは、どこかで必ず行き詰まると感じる昨今。これからの世の中の行方も伺いつつ行動を起こして行きたいものです。

    今日のアクション

    実は、今日のブログ記事は、ブログの過去記事に触発されて書いた記事です。

    ライフハック止めます

    今から5年前に東京ライフハック研究会に参加したときの記事です。Lifehacking.jpの堀さんの講演が素晴らしかったのですが、今見返してみるとより深くその通りだと共感できる内容でした。

  • 僕はポジショントークをする人が苦手だ

    僕はポジショントークをする人が苦手だ

    世の中の常識とされていることが自分にとって苦手だと感じることがよくあります。私にとって嫌だなと感じるのは、ポジショントーク、いわゆる立場だから言っていると感じさせる人です。

    日本人にはこのタイプの人が多くて、普段は性格の良い人でも立場を持った途端に、攻撃的な性格になる人、自分の立場を得た途端に、自分より立場の弱い相手に対して横暴で尊大な態度を取る人が少なくないと感じています。

    昔はそういう人を自分の職務に忠実な人だと私は尊敬していました。ですが、いろいろなことを経験するうちに考えが変わってきました。多くの場合、そういう人というのは、自分の個の弱さから逃げるために、立場にすがっているだけだと感じるのです。

    そういう人を見ていると、貴方の考えはどこにあると問い糾したくことがよくあります。立場だから自分の振る舞いを決める人は、立場を失ったときどうするのだろうと感じるのです。

    私はかって、このポジショントークと本音で言っていることの区別がつかず、自分は本音を言っているのに、相手は立場だから言っているため話が噛み合わないという経験をしました。

    立場だから指示に従うという選択をした末に、多くの従業員を路頭に迷わせたり、歴史に残るような重大な事故を起こしてしまった大企業の幹部を私たちは何度も見てきたはずです。

    立場でものを言うことも大切ですが、今の時代は集団の論理に絡め取られない個の強さを持った人が求められている。私はそのように考えています。

    今週の気になっている本

    テレビ通販で一斉を風靡したジャパネットタカタの前社長、高田明氏の自叙伝的な書籍です。内容もさることながら、読んでいて感じるのはその前向きさです。まるで読んでいる側まで元気を貰える感覚になります。

    この明るさがあったからこそ、佐世保の小さなカメラ屋さんだった会社が日本有数に通販企業になって言える気がします。

    今日のアクション

    もちろん世の中にはポジショントークが必要な場面というのもたくさんあるし、私自身もときにポジショントークをしていることがあります。ただ、それでそもそも自分の考え方がなんなのか分からなくなるのは避けるべきなのだろうと考えています。

  • ブロガーとエンジニアの関係は芸人と役者の関係に似ているからWordBench東京で登壇するよ

    ブロガーとエンジニアの関係は芸人と役者の関係に似ているからWordBench東京で登壇するよ

    私はいわゆるブロガーさんと言われる人と、エンジニアと言われる人、両方のカテゴリーの人とお付き合いが結構あります。

    特にWordPressを利用している人に絞れば、ブロガーとエンジニアはかなり近いところにいるはずです。ただ、両方の人と付き合ってみた感覚としては、かなり人種が違う気がします。

    先日、テレビでバラエティ番組を見ていて気付いたのですが、ブロガーとエンジニアの関係は芸人さんと、番宣で出ている役者さんの関係にかなり近いのではないかと。

    ブロガーは、多くの場合エンターティナーであり、ブログの記事の内容も全部自分で決めて、自分が好きなものを、自分のやり方で発信していく。これは、自分達でネタを作って、自分達なりの表現方法でアピールする芸人さんに近い気がしています。

    一方で多くのエンジニアは、プログラミング言語のような決まったルールがある世界の中で自分を表現していきます。個人で何かをすることもありますが、多くの場合、複数の人間で一つのモノを作り上げることが多いです。これは、与えられた台詞の中で自分を表現し、みんなで一つの作品を作るということと似ている気しています。

    両方とも、Webという舞台にいるのだけれど、やっていること、求められる資質はかなり違うような気がしています。

    で、だからなんだと言われると困るわけですが、自分としてはそんな両方の人の知り合いなので一緒に何か面白いことをやりたいと考えていまして。今年の一文字は「組」と元旦に決めたのでそれにむかっていろいろ動いております。

    その一巻として、1月25日にWordPressの開発社コミュニティで、ブログ運営についてお話させて頂く予定です。どんな話をするか、まだ決め切れていないのですが、ブロガーとエンジニアをつなぐ架け橋になる話ができればと考えています。

    https://wbtokyo.doorkeeper.jp/events/57241

    もしお時間の都合の合う方ようでしたらご参加頂けると嬉しいです。

    今週の気になっている本

    WordPress関係のエンジニア向けの本として、私が一番注目している本です。エンジニア目線でみるとWordPressって少し扱いにくいところがあるのは事実です。

    この本は、そんなエンジニアが持ちそうな疑問を丁寧に解説してくれています。もしWordPressの構造、中身について興味がある方がいたらおすすめです。

    今日のアクション

    と、ツラツラと書いたのですが、今の段階では何を話す決めきれておらず、どうしようかなと悩んでいます。ブロガーとエンジニア、双方が興味を持ってくれるコンテンツがないかなぁと。。。

  • 残業したくなったら安ければそれでいいを辞めればいい。

    残業したくなったら安ければそれでいいを辞めればいい。

    ここのところ、残業時間の規制の話題が盛り上がっています。某大手広告代理店での過労死の事件をきっかけに世論が一気に盛り上がっています。

    だだ、世の中の人はなぜ残業しなければならないのかと考えたときに、結局のところ元々無理なスケジュールを組まざる得ないクライアントの要求というものがあると言えます。

    特に広告代理店はどんなに組織が大きくてもクライアントワークがビジネスの基本スタイルであることは変わりません。だからどんなに社内で過重労働を減らそうとしても、クライアントから無理な要求が来れば、それに答えるために無茶な働き方をせざる得なくなります。

    日本人はことコストに厳しく値段は安ければ安いほどいいと考えがちです。1円でも安ければ安いほど良いという価値観。ですが、私はこれが間違いの始まりだと考えています。

    もちろん、お金を無駄使いする必要はないけれど、モノやサービスに適正な対価を払うという意識があれば、回り回って自分も身体を壊すよまで働くようなことにならないのではと考えています。

    世界的に見ても、イギリスのEU離脱やアメリカのトランプ政権の誕生なども、安ければそれでいいという価値観からの揺り戻しとも取れなくもありません。

    グローバルな経済でひたすらに安いサービスを求めた結果、移民の労働力に頼ることになり、国内の人の仕事がなくなった。その揺り戻しとして、職を奪われた人達がイギリスの離脱やトランプ大統領を支持したという側面はあるはずです。

    だからこそ、モノやサービスの妥当な対価を払うという意識が、世の中を良い方向へ変えていく気がするのです。

    今週の気になっている本

    日本のマスコミでは、割とキワモノ扱いされることが多いトランプ大統領ですが、経済政策としては割とベタにケインズ理論を踏襲した政策を目指しているように感じます。まぁ、それが日本の国益に繋がるかは別問題ですが。

    今日のアクション

    モノやサービスにお金を払う際には、やはり感謝をして支払うということが重要かなと感じています。お客様は神様であるという意識は、消費者、発注者の立場から積極的に捨てることで、より暮らしやすい世の中が来る気がしています。

  • 働き方の改革は忠誠心と依存心、そして自律心の三つ巴の戦いである

    働き方の改革は忠誠心と依存心、そして自律心の三つ巴の戦いである

    最近、大手の電機メーカーが多額の損失を出して債務超過に陥り、多くの人が人員削減されるかもしれないということが話題になっています。ネットニュースなどには現場の社員も声が掲載されていて、俺たちは何も悪くないのにと途方に暮れていると言われています。

    そして、その現場の声に対して、会社に依存していたからそうなったからだとか、自分で考えてこなかったからだという批判の声がネットを中心にパッシングされていました。

    この一連のやりとりを見て、少し違和感を覚えました。この現場の人達は、別に考えていなかった訳ではなく、会社を信頼していたという側面はなかったのかということです。

    先日のアメリカの大統領選挙を見ていて分かるのは、日本人は総じて社会や所属する組織に対する信頼や忠誠心が高いということです。これが今の日本の社会に安定や豊かさをもたらしていることは間違いありません。

    ただ、それがどこかでボタンを掛け違えて、信頼や忠誠心が、いつのまにか依存心に変わってしまっているケースが多いのだろうと考えています。

    今後、訪れるであろう新しい働き方が実現した社会では、個人が組織属さず働いたり、あるいは複数の組織をまたにかけて働くというケースが増えるのかもしれません。

    そういう世の中になったとき、働く世代である我々にどういう変化が起こってくるのか。今は残業規制やプレミアムフライデーなど主に時間の使い方だけが話題になっています。

    ですが、私はさらに一歩踏み込んで今後働く人のメンタリティの問題が大きくなると考えています。現在、組織に属して働く多くの人間のよりどころは、精神的なよりどころは所属する組織になっているケースが多いです。それは、ポジティブに取れば忠誠心であり、ネガティブに取れば依存心にもなるデリケートな感覚です。

    今後、パラレルキャリアで働く人が増えたとき、多くの人は自律して働くことと、このデリケートな感情の合間でバランスを保つことに苦労するのではないかと私は感じています。

    そして、一歩舵取りを間違えば、日本人の中にある社会や組織を信頼して、一致団結できる素晴らしい特性も失ってしまいかねないと考えています。

    私は世の中の働き方が変わっていくことは歓迎ですが、その中でもっと準備していくべきことがあるとも感じています。

    今週の気になっている本

    日本人のサラリーマンはなぜこんなにもやる気がないのかを、海外の人の目線で書いた本です。かなり的を得ている部分もある反面、やはり日本人のメンタリティに触れていないと感じました。恐らくなのですが、日本人の会社とかに対する感情って、海外の人とはかなり違うのではないかと。

    だから、働き方の改革の話をするなら、この部分を考えて議論しないと駄目と効果がない気がしています。

    今日のアクション

    少なくとも今のまま、意識改革無しで働き方の議論を進めると、せっかく時間が出来てももてあましてしまって、元の長時間労働の生活に戻りたいって言い出す人が結構いるんじゃないかなと個人的には予測しています。

    日本人の古き良き忠誠心を保ちつつ、依存心を排除し、自分の人生を主体的に生きる自律心を養う。これががっちり噛み合わないと働き方の改革はできないと感じています。

  • 自由に生きるにはためには社会的なミッションを考える必要がある

    自由に生きるにはためには社会的なミッションを考える必要がある

    ここのところ経済関係や貧困に関する本をたまたまですが、まとめて読んでいます。

    経済関係の本を読んでいると結構日本経済は、本当は強いという主張をしている本が結構あることに気付きます。一方で学生や女性の貧困をテーマにした本も結構あって、すでに日本の教育システムは破綻していているとか、若者の貧困はひどいという内容が具体的に書かれています。

    一体、どちらが今の日本の社会なのだろう。

    本をたくさん読めば読むほどに実態はわからないのですが、一つ感じたのは、日本の社会を豊かに感じている層と貧しいと感じている層がいたら確実にそこには社会の分断があるのだろうなということです(トランプ大統領ではないですが)。

    私も学生時代は、家が貧しかったので仕送りなどはなく、バイトと奨学金で生活をしていました。ただ、恐らくは社会全体が今よりもお金があったため、奨学金も借りやすかったし、大学の授業料も免除して貰えてたりして、なんとかやっていけていました。

    もし、今の時代に同じ状況だったら、大学は卒業できたいなかったのかもしれません。加えて今は、ITの格差もそこに加わってくるので、恵まれた環境で育ちリテラシーのある人はより有利に、反対に貧しい状況下で十分なリテラシーがない人はより不利になっていた気がします。

    家が貧しく、十分な生活インフラのない家庭で育った私にとってはぞっとする話です。

    私は社会状況と時代背景に救われた部分が大きいと考えています。だとすれば私もなにかしらの形で社会に還元しなければとも。

    私も周りには、自由に生きるとか好きなことで食っていくということを目指しているあるいは実践している人が多いです。ですが、一方でそれらの言説に今一歩説得力を感じなかったり、場合によっては苛立ちを感じるときもあります。

    それはなぜか。

    多分、社会に何を提供するか、貢献するかという視点が抜けて(あるいは敢えて抜いて)自由に生きるとか、好きを仕事にするというキャッチフレーズが踊るから違和感を感じるのかもしれまません。

    ありまのままに生きる、自由に生きる、好きを仕事にする…etc

    それは大事なことなのだけど、多分それだけでは足らなくて、同時に社会に対するミッションとのする合わせが無ければ、本当の意味で自由に生きるということは実現しないと確信しています。

    今週の気になっている本

    先日までセールだったので、気になった本をまとめ買いした中にこの2冊が含まれていました。パラパラと平行して2冊の本を読んだのですが、結果としてはかえって世の中の状況が見えづらくなってしまいました。本日のエントリは、そのモヤモヤを原動力に書いています。

    今日のアクション

    先日、トランプ政権が発足したので就任演説を夜中まで起きて見ていました。あの演説をみただけでは、まだ世の中がどうなるかはわかりません。良い方向に世界が動いてくれればと願っています。

  • 失敗を過剰に引きずるのは答えが一つだと考えているから

    失敗を過剰に引きずるのは答えが一つだと考えているから

    過去の失敗をいつまで経っても引きずる。私の悪い癖です。

    自分が思い描いた理想と現実のギャップに苦しんだ時期というのが過去に何度もあります。例えば、好きな人に降られたとか、上司とうまくいかないとか、その度についつい考えてしまうのがどこで間違えてしまったのだろうという自分への問いかけです。

    もちろん、うまく行かなかったことを自省することは大事なのですが、私の場合はそれをいつまでも引きずってしまい、うまくいくはずのことまでうまく行かなくなってしまうことも多々あります。そして失敗してしまった自分をいつまでもずるずると引きずってしまうのです。

    以前、仕事で上司とのコミュニケーションがうまく行かなかったときも、どこかにうまくコミュニケーションをうまく取る方法があるはず。その方法を見つけられない自分が悪いと必死になって、答えを探そうとしていました。

    うまく行かないコミュニケーションに対して、改善を模索するのは決して悪いことではありません。ただ、どこかに正しい答えがあるという意識で取り組んでいたのが問題でした。

    この考え方をしていた自分は、コミュニケーションがうまく行かないことを全て自分で抱え込んでしまい、潰れかかっていました。

    コミュニケーションはそもそもが相手がいて成立するもの。いくら頑張っても相手の思考まではコントロールできないはずなのですが、自分に原因があると考えすぎた結果、自分が頑張れば相手をコントロールできるという錯覚に陥ってしまっていたのです。

    (この意識感覚は、その後自分がコントロールできるものと、コントロールできないものを分ける「選択理論」の考え方を知って随分と改善しました。)

    このよろしくない思考の最大の原因は、「世の中のどこかに唯一無二の正しい答えがある」という無自覚な価値観にあります

    いわゆる学校教育の弊害なのか、それとも元々が理科系の人間だからなのか、とにかく失敗するたびに「ほかに正しい答えがあったはず、それを見つかられなかった自分が悪い」と考えてしまうのです。

    ですが、人生経験を通じて多くの人が分かっているとおり、そのとき違う選択をしたら自分の望む結果になっていたかなど分かるはずもありません。そもそもどうあがいてもクリアできないことだった世の中には沢山あるわけで。

    どちらかと言えば、最初から道なき道を自分はあるいていて、道は自分の後にできるという意識を強く持つ方が気持ちも楽に生きていけるはずだと感じています。

    今週の気になっている本

    よくないと分かっていても、自分の思考の癖を改善することは結構大変ですし、そもそも自分の思考の癖そのものに気付かないことのほうが多いです。なんとなく生きづらいなと感じているけれど、原因がわからないという時はやはり最初は本を乱読するのがいいかもと考えています。

    私の場合も、先に紹介した選択理論の本やコミュニケーション関連の本を多読することで少しずつ自分の思考の輪郭が見えてきたところがあるので。

    今日のアクション

    多分、これからの時代は今以上に先が見えなくなることが多くなりそうな気がしています。正しい答えがあるはずという生き方は本当に苦しくなるはずなので、早めに改めることを個人的に強くおすすめします。

  • 働き方が変わればよりコミュニケーション能力が重要になってくる

    働き方が変わればよりコミュニケーション能力が重要になってくる

    ここのところ、働き方に関するニュースが毎日にように話題になっています。長時間労働の是正の問題、政府の副業容認の方針変更、そしてパワハラ、セクハラの問題と枚挙にいとまがありません。

    これまで我々勤め人は、所属する組織と一心同体のような感覚でやって来た人が多かったはずです。そのような状況の働き方の中では、組織に属し、その組織の文化の中でのみ通じる慣習やルールに従って働いていました。そして気付けば、思考パターンまでその組織に染まっているということは珍しくありません。

    このコミュニケーションの取り方は、ある種とても効率的な部分があります。前提条件や価値観を共有している状態でのコミュニケーションは円滑に進み易いからです。

    ですが、昨今の働き方改革の流れを見ているとこのやり方はもう通用しなくなりそうです。特定の組織の中でのみ通じるルールではコミュニケーションが取れなくなることが増えるのでは感じています。

    職場のコミュニケーションに悩んで、セミナーなどに参加するようになったころ、最初の衝撃は異業種の参加者の人たちと話してみて驚いたのは、自分が常識だと感じていたことは一歩組織の外へでると全く通じないということでした。

    前提条件や大事にしている価値観までが全く違う世界があるということをこの時期に実感自覚できたのです。

    ですが、今後はリモートワークで働く人が増えて、組織と個人の関係性が増えてくればこの状況が誰にとっても当たりまえになると考えています。そうなった時、コミュニケーションのスキルの差は今よりも人生のクオリティに大きく影響してくるのは間違いないと考えています。

    所属する組織の価値観に縛られず、いかに多様性を認め、異なる価値観の人とコミュニケーションをとれるか。それが今後の社会では重要になってくるような気がしています。

    今週の気になっている本

    今日のアクション

    働き方が変われば、パワハラやセクハラの問題も少なくなる時代が来ると私は考えています。ただ、それは反面、自己責任が深く問われる時代と言えるかもしれません。

  • 自分の人生を取り戻す武器としてのブログ

    自分の人生を取り戻す武器としてのブログ

    年に1、2度、自分がなんでブログをやっているのか振り返るときがあります。最近のブログ界隈では、やりたいことをやる、ブログで稼ぐといったようなキーワードが流行っているような気がします。

    それに対して、自分はどうかというと、同じようで少し違うという感覚があります。自分の20代のころを振り返るとどちらかというと会社人間で、休みの日でも頭のどこかで仕事のことを考えているような人でした。

    仕事では、割と早い段階で大きめの案件のリーダーを任されたりしていたこともあり、将来はできるプロジェクトマネージャーを目指すぜみたいな感じで燃えていました。

    今振り返ると20代のころの私は、仕事で自己実現みたいな言葉に踊らされていた感があります。仕事を通じて成長する、組織は自己実現の場だと考えていました。

    ただ、組織というのは、いろいろな力学が働く場でもあり自分の考えたような仕事ができるとは限りません。

    私の場合は、順調だった20代の反動のように30代に入るタイミングで、大きな組織の変更や案件のトラブルなどの都合により部署のたらい回しのような状況に陥りました。

    当時、そのような状況に対して、100%自分に責任があるという考えを持ってしまい、仕事場でやりたいことをやれないのは、自分が人にうまく物事を伝えられていないからだと考えて、話し方やコーチング、さらにはプロの技術であるカウンセリングの傾聴に至るまで、様々な本を読みあさりました。

    このあたりが当ブログ「モンハコ〜問題の8割はコミュニケーション」の由来になっています。

    ただ、現実にはコミュニケーションを学んだからといって自分の状況が劇的に改善されることはなく、根本的な問題は自分の人生と組織の中での自分が完全一体化していたことに問題があったと言えます。

    やはり、組織に属して働くということと、自己実現の間には絶対に越えられない一線があるというのが私の結論でした。

    では、組織人という枠が外れた自分は何者なのか。

    言葉にすると簡単なのですが、精神的にはかなり葛藤のある状況だった言えます。このときに出会ったのが「わかったブログ」で、この出会いをきっかけに私自身は自分の持って行き場のない感覚を発露する場として、ブログを書き始めました。

    ブログをはじめてもうすぐ6年目。電子書籍も出版し、イベント等の運営にも数多く関わらさせてもらい、良い仲間も沢山できました。この状況になってはじめて、組織で働く自分以外のアイデンティティを持つことができ、精神的な安定を得ることもできたと言えます。

    自分の人生のコントロールできる部分を確実にコントールする。私にとってブログは少なからずその役割を果たしています。

    きっとこの先には、自由に生きるとか、ブログで稼ぐというようなことも含まれるかもしれません。ただ、自分自身はそこまでの境地に至りきれてはいない。そういう感覚があるのです。

    今週の気になっている本

    今日のエントリはこちらの本を読んだあとに、自分のことを振り返って書いたエントリです。「いつでもスタオバ」を主宰されている滝川さんの電子書籍です。置かれた状況的に近い部分もあり、共感を持って読むことができました。

    一方でこれから滝川さんがどの方向に向かっていくのかについては、曖昧さを感じる部分もある気がしました。私自身は、組織に属しながらブロガーとして活動するというスタイルがずっと続けられるかについて、少し疑問をもっています。だからその先に何があるのかは見通しがたっていないのですが。

    このあたりはご本人に会ったら伺ってみようと考えています。

    今日のアクション

    今年ももう終わりが近づいてきました。毎年、こんな自分を変えなくてはを繰り返しながら、年を越しています。毎年自分が大きく変化できたと感じたことはないので、この時期になると焦燥感に駆られてきます。