Tag: 人生

  • 何か新しい挑戦をしたいという気持ちが沸いてきた

    何か新しい挑戦をしたいという気持ちが沸いてきた

    2017年も早いもので一ヶ月半が過ぎています。なにかこう最近前にもまして時間が経つのが早く感じることが増えてきました。

    実は、これまで自分の人生で中長期的な目標を持って行動したことはほとんどありません。どちらかというとその時の縁やフィーリングを重視して、行動することが私は多いのです。

    目標を持ってしまうと、それに縛られてしまう気がしてしまう上、自分出来ないときに自己嫌悪に陥ってしまうからです。

    2017年も始まった当初、そのつもりでいました。なんせ年始にこんな記事を書いていたくらいです。

    ブログについても、これまでブログを通じてこれを成し遂げたいみたいな明確なゴール設定をしたことはなく、どちらかというと、仕事であったり、プライベートなことであったりの満たされていない部分の気持ちを原動力に書いているようなところがありました。

    そして、ブログを書き始めてこれまで、特になにか目標設定をしなくても、ブログを書き続けていると日常生活に面白いことが起こるということを繰り返してきました。イベントを開催できたことも、電子書籍を出したことも明確に最初から目的をやっていた訳ではありません。

    ただ、ブログを開始して今年で6年目。毎日に仕事をして、夜に自宅でブログを書くという生活があまりにも当たり前になったためかもしれませんが、「何か新しいことに挑戦したい」という気持ちが沸々を沸いてきています。

    今まであまり目標を立てず、淡々と続けるというスタイルを好んできた私にとっては、これは結構大きな心境の変化です。人間、ものごとの感じ方も変わるものなのだと実感しています。

    今週の気になっている本

    2015年の9月に出版企画コンテストに参加頂いた大杉潤が、このたび商業出版をされることになりました。実は2015年9月のイベントの際にも電子書籍の企画案をプレゼンテーション頂いたのですが、そのときは電子書籍での出版には至りませんでした。

    それから約一年半がすぎ、企画をブラッシュアップされて満を持しての商業出版と言えます。もともと大杉さんの企画は電子よりも紙の書籍にフィットする内容だったのですが、根気強く出版までこぎ着けられたはさすがです。

    大杉さんは私などをはるかに凌ぐ読書家なので、どんな本が紹介されているかとても楽しみです。

    今日のアクション

    とはいいつつも、何か具体的にこれがしたいということがあるわけではありません。ただ、新しいことに挑戦したいという意欲だけが沸いてきている状態で、まだまだ空回り気味ではあります。

  • 残業したくなったら安ければそれでいいを辞めればいい。

    残業したくなったら安ければそれでいいを辞めればいい。

    ここのところ、残業時間の規制の話題が盛り上がっています。某大手広告代理店での過労死の事件をきっかけに世論が一気に盛り上がっています。

    だだ、世の中の人はなぜ残業しなければならないのかと考えたときに、結局のところ元々無理なスケジュールを組まざる得ないクライアントの要求というものがあると言えます。

    特に広告代理店はどんなに組織が大きくてもクライアントワークがビジネスの基本スタイルであることは変わりません。だからどんなに社内で過重労働を減らそうとしても、クライアントから無理な要求が来れば、それに答えるために無茶な働き方をせざる得なくなります。

    日本人はことコストに厳しく値段は安ければ安いほどいいと考えがちです。1円でも安ければ安いほど良いという価値観。ですが、私はこれが間違いの始まりだと考えています。

    もちろん、お金を無駄使いする必要はないけれど、モノやサービスに適正な対価を払うという意識があれば、回り回って自分も身体を壊すよまで働くようなことにならないのではと考えています。

    世界的に見ても、イギリスのEU離脱やアメリカのトランプ政権の誕生なども、安ければそれでいいという価値観からの揺り戻しとも取れなくもありません。

    グローバルな経済でひたすらに安いサービスを求めた結果、移民の労働力に頼ることになり、国内の人の仕事がなくなった。その揺り戻しとして、職を奪われた人達がイギリスの離脱やトランプ大統領を支持したという側面はあるはずです。

    だからこそ、モノやサービスの妥当な対価を払うという意識が、世の中を良い方向へ変えていく気がするのです。

    今週の気になっている本

    日本のマスコミでは、割とキワモノ扱いされることが多いトランプ大統領ですが、経済政策としては割とベタにケインズ理論を踏襲した政策を目指しているように感じます。まぁ、それが日本の国益に繋がるかは別問題ですが。

    今日のアクション

    モノやサービスにお金を払う際には、やはり感謝をして支払うということが重要かなと感じています。お客様は神様であるという意識は、消費者、発注者の立場から積極的に捨てることで、より暮らしやすい世の中が来る気がしています。

  • 2016年もお世話になりました。来年もよろしくお願い致します。

    2016年もお世話になりました。来年もよろしくお願い致します。

    本日で2016年は終わりです。このブログは結構遅い時間に書いているので、厳密には残り2時間を切っている状態です。

    今年も未熟者の私にお付き合い頂いた皆様に、心より感謝申し上げます。例年一年の最後には振り返り記事を書いていて、今年もと考えたのですが、意外と新しい活動をしていない一年だということに気付きました。

    もちろんいろいろな活動はしているのですが、今までやってきた活動を繰り返した部分が大きく、新しい挑戦とは言いがたい部分があります。無理矢理ひねりだすこともできるのですが、自分の中でどうも盛り上がらないので、今年の振り返りランキングのような形は取らないことにしました。

    とはいいつつも、決して悪い年だったかというと全くそんなことはありません。2016年はどちらかというと、行動面よりも精神面での変化が大きかった年のように感じています。いろいろな意味で自分にとっては「静」の一年だった気がします。

    もともと2016年の年初に立てた今年の目標は、マインドマップに描いたイメージの蒼い炎。奇をてらわず淡々とやり力を付けることを指針にやってきました。コンスタントさ、安定感を私は重視するからです。

    その意味では昨年までやっていたことがやっていて当たり前の状態になったという点で進化しているのかもしれません。

    来年はこれまでの活動を糧にしてさらに飛躍したいと考えておりますので、お付き合い頂ければと存じます。

    今日のアクション

    来年は、ついにブログ運営6年目に突入します。いろいろな意味で節目な年になるなぁと考えております。

    今年新しい取り組みが少なかった分、来年はいろいろ挑戦していきたいと考えております。またお付き合い頂ければと存じます。来年もモンハコをどうぞよろしくお願い致します。

  • 読者に行動を促せるブログを書きたい

    読者に行動を促せるブログを書きたい

    2016年がもうすぐ終わります。年を越すといよいよブログ運営6年目に突入します。ただ、丸5年書いて自分が納得できる記事を書けるようになったかと言えば、とてもそんなことはないと感じています。

    果たして、自分にとって満足いく文章とはなんだろうと考えるときに少しばかりの迷いが生じます。考えられる答えはいろいろあるのですが、自分が大事にしたいことの中に確実にあるのは、読者に行動を促す記事をかけるかということです。

    いつも書いているのですが、私がブログを書き始めたきっかけはわかったブログとの出会いが大きく影響しています。

    2010年頃、私は職場での仕事がうまくいかず、かなり途方に暮れていました。それまで自分のアイデンティは仕事にあると信じて疑わなかったため、それがうまく行かなくなった途端自分の目標がなんであるかが全く分からなくなったのです。

    転職や独立をする度量もない私は、仕事以外にこれといった趣味をもっておらず、ただ毎日を抜け殻のように漫然と過ごす日々を送っていました。

    そんな中、2011年3月11日に東日本大震災が起こります。

    震災発生後、しばらくの間職場に出ても仕事が何もないという状況が続きました。取引先が津波の被害にあったため、全く作業が勧めることができなくなったのです。

    当時、原発の事故があり、ネット上では放射能に関する情報が飛び交っていました。私は不安でずっと机に座って原発の記事を調べていました。そんなとき、たまたま見つけたのが、こちらの記事でした。

    http://www.wakatta-blog.com/post_590.html
    (今振り返るとちょっと煽ってるタイトルだなぁとは感じますが…)

    当時、かなり原発事故の影響が心配だったので、結構真剣に記事を読んでいたのを覚えています。心配性な私は何日かたった後も繰り返しこの記事を読み返していました。そして、途中からブログ記事が毎日更新されていることに気付いて、他の記事も読むようになりました。

    当時、ブロガーという存在がよくわかっていなかった私は、かん吉さんが何者なのかまったくわかっていません。ただ、このころのわかったブログには、書評とブログ運営の記事はかなり集中的に書かれていて、毎日こんなに文章を書ける人とは、どんな人だろうとかん吉さんという人にかなり興味を持つようになっていきました。

    そして、時折繰り返しポストされるかん吉さんの「ブログ書こうぜ!」というメッセージに私の気持ちは少しずつ変化していったのです。特にブログに書いた「言葉」は実現する!や、ブログで豊かに暮らせる5つの理由の記事にはかなり影響されました。

    ブログを書いていけば、今の悶々とした状況を脱して、自分の新しい可能性に出会えるかもしれない。私は当時、かん吉さんのブログを読んでいるうちにそう考えるようになっていたのです。

    そして、私は決意したのです。そうだブログを書こう、と。

    冷静になって振り返ると、「ブログを書いたら人生変わる?はぁ」みたいな突っ込みが来てもおかしくないのかもしれません。ただ、当時のかん吉さんのブログ記事は私にとって、それくらいインパクトがあったのです。

    わかったブログには、ただの自己啓発とは違う、一歩進んで行動を促す力強さと具体性を感じることができたのです。

    この背中を一押しする感覚こそ、私がブログで大事にしたいものです。ただ、読んでくれた人に情報を提供するだけでなく、一歩踏み込んで行動を喚起することができるブログでありたいのです。

    今日のアクション

    こうしてブログに対して掲げた目標を振り返ると、まだまだ力不足だなと感じます。来年もガンガン、ブログを書いて進化していきたいです。

  • 自分の人生を取り戻す武器としてのブログ

    自分の人生を取り戻す武器としてのブログ

    年に1、2度、自分がなんでブログをやっているのか振り返るときがあります。最近のブログ界隈では、やりたいことをやる、ブログで稼ぐといったようなキーワードが流行っているような気がします。

    それに対して、自分はどうかというと、同じようで少し違うという感覚があります。自分の20代のころを振り返るとどちらかというと会社人間で、休みの日でも頭のどこかで仕事のことを考えているような人でした。

    仕事では、割と早い段階で大きめの案件のリーダーを任されたりしていたこともあり、将来はできるプロジェクトマネージャーを目指すぜみたいな感じで燃えていました。

    今振り返ると20代のころの私は、仕事で自己実現みたいな言葉に踊らされていた感があります。仕事を通じて成長する、組織は自己実現の場だと考えていました。

    ただ、組織というのは、いろいろな力学が働く場でもあり自分の考えたような仕事ができるとは限りません。

    私の場合は、順調だった20代の反動のように30代に入るタイミングで、大きな組織の変更や案件のトラブルなどの都合により部署のたらい回しのような状況に陥りました。

    当時、そのような状況に対して、100%自分に責任があるという考えを持ってしまい、仕事場でやりたいことをやれないのは、自分が人にうまく物事を伝えられていないからだと考えて、話し方やコーチング、さらにはプロの技術であるカウンセリングの傾聴に至るまで、様々な本を読みあさりました。

    このあたりが当ブログ「モンハコ〜問題の8割はコミュニケーション」の由来になっています。

    ただ、現実にはコミュニケーションを学んだからといって自分の状況が劇的に改善されることはなく、根本的な問題は自分の人生と組織の中での自分が完全一体化していたことに問題があったと言えます。

    やはり、組織に属して働くということと、自己実現の間には絶対に越えられない一線があるというのが私の結論でした。

    では、組織人という枠が外れた自分は何者なのか。

    言葉にすると簡単なのですが、精神的にはかなり葛藤のある状況だった言えます。このときに出会ったのが「わかったブログ」で、この出会いをきっかけに私自身は自分の持って行き場のない感覚を発露する場として、ブログを書き始めました。

    ブログをはじめてもうすぐ6年目。電子書籍も出版し、イベント等の運営にも数多く関わらさせてもらい、良い仲間も沢山できました。この状況になってはじめて、組織で働く自分以外のアイデンティティを持つことができ、精神的な安定を得ることもできたと言えます。

    自分の人生のコントロールできる部分を確実にコントールする。私にとってブログは少なからずその役割を果たしています。

    きっとこの先には、自由に生きるとか、ブログで稼ぐというようなことも含まれるかもしれません。ただ、自分自身はそこまでの境地に至りきれてはいない。そういう感覚があるのです。

    今週の気になっている本

    今日のエントリはこちらの本を読んだあとに、自分のことを振り返って書いたエントリです。「いつでもスタオバ」を主宰されている滝川さんの電子書籍です。置かれた状況的に近い部分もあり、共感を持って読むことができました。

    一方でこれから滝川さんがどの方向に向かっていくのかについては、曖昧さを感じる部分もある気がしました。私自身は、組織に属しながらブロガーとして活動するというスタイルがずっと続けられるかについて、少し疑問をもっています。だからその先に何があるのかは見通しがたっていないのですが。

    このあたりはご本人に会ったら伺ってみようと考えています。

    今日のアクション

    今年ももう終わりが近づいてきました。毎年、こんな自分を変えなくてはを繰り返しながら、年を越しています。毎年自分が大きく変化できたと感じたことはないので、この時期になると焦燥感に駆られてきます。

  • 目標を立てずに自分の直感を信じてみるのもアリではないか

    目標を立てずに自分の直感を信じてみるのもアリではないか

    今年も12月に入ってしまいました。この時期になるとさすがにさすがに来年の準備をするという方も多いはず。かく言う私も先日、来年の手帳を購入しました。

    一年を振り返ってみて、来年はこうなろうとかああなろうとか、いろいろと来年の目標を考え始める時期でもあります。なかには細かく来年の目標を毎日の行動に落とし込んで管理するという方もいます。

    昔からこの長期的な目標を立てるという行為がものすごく苦手です。漠然となりたい自分とかイメージはあるのですが、日々の行動に落とし込むとなると目の前が真っ暗になってしまいます。

    よく自己啓発の世界で、目標は宣言すれば叶うなんて言葉を耳にしますが、私の場合、目標を立てるのも大変なのに自分の本心を誰かれかまわず宣言するなんて恥ずかしくてできない。

    でも、我ながらどうしてこの時期、目標を立てるとか苦手に感じるのかをいろいろ考えたのですが、一つ思い当たる節があります。

    縛られるのが嫌なのです。目標を立ててしまうとそれが達成されるまでは全てが準備期間になってしまい、日々のことが楽しめなくなるような気がするのです。

    長期目標にしろ、宣言することにしろ、それをやることで自分の行動が縛られてしまう。今の自分は右へ行きたいのに、以前の自分のは左へ突き進むと宣言している。そんな状況が息苦しく感じます。

    だからこそ、来年は自分の直感を大事にすることをより重視したいと考えています。あえて長期目標はざっくりしか立てず、そのとき自分が正しいと感じたほうを選んでフットワークを軽くして生きて行くというやり方が楽しい気がしています。

    今週の気になっている本

    目標は細かく立てないと言いましたが、大掃除はきっちりするつもりです。フットワーク軽く生きるためには、無駄なものはどんどん捨てるのが大事なので。HACKSシリーズで有名な小山さんの本、気になります。

    今日のアクション

    ただ、自分の直感を信じるというのも難しいことなのかもしれません。根拠の無いことを信じられるようになるにはかなりのメンタルの強さが必要なので。私もまだまだ道半ばです。

  • 無難に振る舞っていることが誰かを追い詰めていないか

    無難に振る舞っていることが誰かを追い詰めていないか

    ここのところ、連日マスメディアで過労死の問題が話題になっています。この問題には、私も関心はありますが、過酷な職場環境の問題や長時間労働の問題については、すでにいろいろなところで取り上げられているのでここでは書きません。

    個人的な感覚で言えば、仕事で精神的にきつくなるのはただ単に長時間の労働だけでなく、互いにフォローしあえるような状況ににないため、仕事を抱え込まざる得なくなっている状況もあるのかなと感じています。

    もし、自分の周りで仕事を抱え込み過ぎて倒れてしまいそうな人がいたら、察してあげてフォローできるのか。ここが重要なのだと感じています。

    長時間労働にしろ、パワハラにしろ、セクハラにしろ、自分が直接の当事者にならなかった場合、無関心を装うのが今の日本の多くの組織においては、無難な選択だと予想しています。

    自分のことでもないのに、下手にフォローに回れば自分に火種が飛んでくるかもしれません。仕事であれば、そもそも自分に問題を解決する権限がないということだってあり得ます。結果、無難な選択をしがちです。

    マスメディアなどでは、最近では半ばネタのように学校でのいじめ、職場でのパワハラやセクハラの話題が取り上げられています。

    ですが、実際の世の中からいっこうに減る気配がありません。この手の問題を見ると、例えば問題のある言動をした職場の上司と嫌がらせをうけた本人だけの問題のような気になってきます。

    ですが、本当にそれだけでしょうか。

    少なくとも被害を受けた本人の周りには、多くの人がいたはずです。だれか手をさしのべることは出来なかったのが、だれか本人に変わってひと言言い返すことは出来れは状況は変わっていたのではないかと感じるのです。

    勇気のいる行為だからこそ、自分自身にどこまでそういう行動が取れるかは自問自答しなければならないと感じています。

    私も含め、日本人は個が弱く、場の空気に飲まれやすい。さらに危うきには近づかずと自分と直接被害のないことは無関心になってしまうところがある。この性質が立場の弱い人をいっそう追い詰めていると感じています。

    何事においても上意下達、周囲と協調していればそれでいいという個の弱さの問題、そして大事な判断を人任せにしてしまう性質こそが、知らず知らずのうちに誰かを追い詰めているかもしれないということを自覚しなければならないと感じるのです。

    フォトウォークしてきました

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    ガジェットライターの友人けんちゃんと浅草にフォトウォークにいってきました。写真の撮り方について一日みっちり教えて貰いました。ブログの写真はフリー素材などよりも自分の写真をもっと使いたいのです。

    今週の気になっている本

    タスク管理の名書「マニーニャの法則」が完全版になって登場するということで個人的にかなり期待大の状態です。当初、今週中に届く予定だったのですが、発売日が延期になっています。個人的にとても待ちどおしいです。

    今日のアクション

    働き方の問題については、社会の制度ともに個人個人の意識も変えていく必要があると感じています。私も含め日本人はもっと個が強くなるべきなのだと考えています。

  • コンテンツを作るワクワク感と技術を身につける安心感について

    コンテンツを作るワクワク感と技術を身につける安心感について

    先週、前からやろうやろうと考えていたサーバー移設をようやく終えることができました。

    今回のサーバー移設では、サーバーはクラウド系のところに入れてみたり、KUSANGIという仮想マシンを入れてみたりと技術的にも新しいことに取り組んでみました。

    サーバーの移設をする際に、友人からはそこまで全部自分でやらなくてもいいんじゃないかというアドバイスを頂きました。まぁ、確かにその通りでブロガーたるもの記事を書くのがメインであって、サーバー周りの設定なんて出来れば避けたいところです。

    そもそもコンテンツを作るということと技術を身につけるということはかなり頭の中の使う部分が違う気がするのですが、それでも私の場合自分の中のバランス感覚みたいなものがあってどうしても技術の部分も押さえておきたいという気持ちが生じてきてしまいます。

    記事を書くこと、コンテンツを生み出すことは本質的には獣道だと感じていて、まだ世の中にない情報をいかに発信していくかにかかっています。自分がこれは最高だと感じて書いた記事が全く反応がなかったり、逆にあまり自信はないけど、とりあえず書いてみるかと公開した記事にものすごい反響があったりするというのはブログを書いていれば誰もが経験することです。

    一方で技術を身につける作業というのは基本的には、誰かがすでに耕した道を学ぶことが多いです(もちろん新しいプログラミング言語を作るような全く新しい分野を切り開く領域もあるのですが、私はそういうところに身は置いていないので)。

    Webの世界などは技術のライフサイクルがものすごく早いので、常に新しい知識を吸収しないとついていけないというような苦労はあるわけですが、それでも基本は誰かが作ってくれた道を後から追いかけていくことになります。

    世の中にはどちらかに特化するのが好きという人もたくさんいるのですが、私はこの両方をやりながらバランスを取っている部分があります。コンテンツを生み出す作業は、ワクワク感はあるのですが、当たり外れも大きく雲を掴むような部分があります。

    他方、技術を身につける作業は難解さにストレス感じる部分もありつつも、自分に習熟度や理解度が定量的に把握しやすいというメリットがあり、「自分はこれができる」という安心感を得られる部分があるのです。

    どちらが良いとか悪いとかではなく、両方やっているから両方ともが楽しめる。そんな感覚が自分の中にはあります。

    シンライフハック祭り

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    Lifehacking.jpの堀さん主宰の久しぶりにガチガチのライフハックイベント。アウトライナーと知的生産についてかなり濃厚な講演がされました。ゲストはR-Styleの倉下さんとアウトライナー本でお馴染みのTakさんでした。

    私はアウトライナーは、ブログ記事やイベントのスライドの下書きなどに利用する程度ですが、もう少し深掘りしてみたいなと思案中です。

    ミチス

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    ブログコンサルの際に利用させて頂きました。東南アジア系を中心としたランチを食べることができるカフェです。写真は、鶏肉が入ったフォー。さっぱりしていてパクチーの香りが良かったです。きっとパクチーがダメな人は食べられないかな。

    Cafe michis
    ジャンル:Cafe
    アクセス:都営大江戸線清澄白河駅A1番出口 徒歩1分
    地下鉄半蔵門線清澄白河駅A1番出口 徒歩1分
    住所:〒135-0024 東京都江東区清澄3-10-11 1F(地図
    周辺のお店:ぐるなびぐるなび 清澄白河×カフェ
    情報掲載日:2016年9月3日

    <パワーポーズ>が最高の自分を創る

    コミュニケーションにおいては、非言語の部分がもの凄く重要です。そして、他者に対してだけでなく日頃なにげなくしている仕草が自分の自信の内面のあり方にも大きく影響を与えています。

    一見すると自己啓発書にありそうな内容ですが、科学的なエビデンスに基づいて書かれているためとても実用書として参考になる内容になっています。

    今日のアクション

    正直なところ、こういう自分の感覚がプラスになっているかというと微妙なところです。もっと特化して自分を打ち出せている人が羨ましくもあったりします。

  • ブログを書くモチベーションを保つコツはどこにあるのか

    ブログを書くモチベーションを保つコツはどこにあるのか

    photo credit: Uncertainty via photopin (license)

    ブログのコンサルティングをはじめてひと月半が経とうとしています。いろいろなブログに関する相談を受けるなかで割と多いのが、ブログが続かないというご相談。あこがれのブロガーさんに触発されてブログを始めたけれど、ブログが継続できないという方は多いようです。

    今はブログを書くことで整形を立てるいわゆるプロブロガーを目指す人も多いのかもしれませんが、個人的な見解としてはまだブログを書いたこともない段階でいきなりそれを目指すっていうのは、少し荒唐無稽な気もしています。私が親しくしているブログで生計を立てている人というのは、狙ってやってというよりも結果としてそうなったという感じ人が多いですし。

    もちろん人にもよるのでしょうが、いきなり高すぎる目標を立てるのはそれをできない自分を返っておとしめてしまう恐れもあります。

    一方で文章を書くのが好きでたまらない。とにかく書きたい。PV数や広告収入なんて自分は興味はないけど、とにかく俺はブログを書くぜというスタンスが取れる人もいますが、私からするとこれもできる人も限られるのではないかなと。

    やはり人間には欲望があるので、せっかく時間をかけてブログを書くのであれば見返りが欲しいのも本音だとと考えています。

    ブログを書く動機付けは人それぞれで、必ずこれというのは当然ないのですが、私は個人的にはブログを書くという行為は日常生活を送りながら出来るコイントスだと考えています。

    デイル・ドーテン著の「仕事が楽しいかね」に出てくる「試してみることに失敗はない」「遊び感覚でいろいろやって、成り行きを見守る」という言葉が私は大好きです。まさにブログを書くという行為は私にとってこれに近い。

    問題は、才能のあるなしでもなければ、勤勉かどうかってことでもない。コイン投げの達人じゃないってことなんだ。だから僕は、たった1つしか目標を持っていない。毎日毎日、違う自分になること。これは、“試すこと”を続けなければならないということだ。

    ブログをコツコツ書いていると思わぬところから声がかかってきて、予想もしないことが起こる。そういうことを繰り返してきました。私にとってブログを書くことは外れることもあるけれど、たまにものすごく当たることがあるまさに、コイントスと言えます。

    長期的に目標を立てて、それに向かってコツコツとブログ記事を書きためていくというスタイルは素晴らしいけれど、それで息苦しいと感じて続かなくなるなら、今書いているこの1記事を公開してときにどんな変化が起こるかを期待しながら書くほうがいいのではと感じています。

    もちろん、はずれも沢山あるけれど書き続けていれば予想外のことが起こる。それがブログなんだと感じています。

    今週の気になっている本

    なんかタイトルにとても惹かれました。どんなに世の中に聖人君子と言われる人でも人間には影の部分があるのは当然なわけで。例えばいじめが社会問題化して久しいけれど、仮想的を作って国をまとめ上げる手法は国際政治の世界ではよくやられているわけで。

    人間には本質的にそういう闇の部分があるのではと考えてしまいます。そこを無視しても個人も社会も前へ進めないのではと感じるのです。

    今日のアクション

    実は本日は誕生日だったのですが、ブログのコンサルティングをお二人ほどにさせて頂きました。なんだかんだブログって私はとてもいいものだと感じているので、コンサルさせて頂いた方のブログが少しでも良い方向にいって頂ければと願って降ります。

  • 「つぶしが効く」という選択が自分を苦しめる

    「つぶしが効く」という選択が自分を苦しめる

    photo credit: Rosato in Three Dimensions via photopin (license)

    自分の人生を振り返って、あれがまずかったなと感じることは誰にでもあるかもしれません。俺の人生はこんなはずじゃなかったとか、あの時こうしていればと考えることが私にも多くあります。

    そんなとき考えるのは、つぶしが効くという理由で選んだ選択はあとで自分を苦しくすることが多い気がするということ。

    私が学生時代に進路などでよく話していた会話は「○○を勉強すれば食いっぱぐれない」とか「つぶしがきく」というような内容が多かった気がします。

    もちろん、社会で生きていく以上なんらかの稼ぐ手段が必要なのは間違いないので、その考えは誤りではないのですが、そういう会話している人というのは得てして、「自分はこれがしたい」がすっぽり抜けていることが多い気がしています。

    かく言う私自身も、過去を振り返ると「つぶしが効くから理系に行く」とか「仕事があるからITの分野の仕事をする」と言ったような選択の仕方が多かったような気がします。特に私が進路を真剣に考え出えていた時代というのは、バブル崩壊後の就職難の時代であったりもするので必然的にこういう思考になりがちでした。

    ただ、一方で本当にそれが自分にとっての最良の選択であったかといえば、う〜んと唸ってしまう気がしています。もっと他にできることがあったのではと考えることも少なくありません。

    つぶしが効くという物事の選択の仕方は行き過ぎると「食って行ければ何でもいい」という主体性放棄の極みに陥ってしまい、結果として世の中のトレンドや周囲の意見に振り回されるだけの人生になりかねないと感じています。

    年齢を重ねていくと人間は結局は自分でない人にはなれないんだと感じる場面が増えてきます。いくら世の中のニーズがあるから、職探しに困らないからといっても、自分に本質的になじんでいない選択をすればのちのち苦しくなるのだなと感じています。

    もちろん苦手を感じることを身につける努力も時には重要なのですが、結局できないことはできないし、出来ても苦しい。最終的に大事なことは、自分の感じることを大事にするという生き方なのです。

    今週の気になっている本

    私はもの凄いコーヒーを飲む人でして。昔は一日に10杯くらいは飲んでいました。ただ、寝付きが悪いことを気にするようになってからはコーヒーは午前中だけ、午後は飲まないというルールにして、飲む量も一日2杯までにするようしています。

    コーヒーって苦いのに何であんなに飲んでしまうのか。コーヒー党の私としても気になるところです。

    今日のアクション

    最近では、頑張って苦しんで身につけた技術が数年で陳腐化するなんてこともザラなので、結局興味をもっていかに継続的に学んでいけるかが重要なんだと感じています。苦しいことは一時しのぎはできても永続は無理です。

    さらには今後は人工知能にとって替わられるなんてことも起こると予想できるので、やっぱり自分がコレと感じたことは多少つぶしが効かなくても、飛び込んでみる姿勢が大事なのかと若い人には伝えたいです。