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激動の時代という言葉が嫌い

photo credit: Frolicking via photopin (license)

気づくと今月は7月に突入していまして。2016年も半分終わったことに気づきました。

よくマスメディアなどで、現代は激動の時代という表現が使われます。たしかに、この上半期を振り返っても、大きなことから小さなことまで様々なことがありました。先日のイギリスの国民投票のような時代の転換点を感じさせるようなことを起こっています。

ただ、この激動の時代という言葉に個人的には結構違和感を感じています。なんというか、過去を振り返ってみても「そもそも激動じゃな時期なんてあったのか」という疑問に駆られるからです。

日本の近代史を振り返ってみれば、黒船来航以来日本の歴史って苦難の連続だなと感じることのほうが多いです。一歩間違えば、国を侵略されかねない状況のなかギリギリの判断をした為政者や不安を感じながら生活する一般人の胸の内を察すれば、は明らかに現代よりも激動の時代だったと予測できます。

日本が他国と戦争をしていた時代についても、あとの世代が評価を下すことは簡単ですが、その時代を生きていた人の苦渋の決断の末に成り立っていたことは間違いないはずです。

ここ数年を振り返ってみても、東日本大震災と原発事故、政権交代や消費税の増税などなど、枚挙にいとまがないくらいいろんなことが起きていて、「今年は平穏無事で何もなかったね」なんていう年はそもそも無い気がします。

私が多くのメディアで使われる「激動の時代」という言葉が嫌いな理由は、その裏にある「大変な時代に生まれたね〜。残念だったね〜」という暗喩を感じるからです。悲壮感をあおることで発信者側が情報に過剰にインパクトを与えようとしていると感じるからです。

そして、この言葉の使い方は現代を生きる人々から気力を奪っているような気がします。激動の時代という言葉は、安易に受け取ってしまうと生きることに対して生まれた時代が悪かったとう言い訳を与えてしまい兼ねないと感じています。

もちろん時代の隆盛に飲まれてしまうことに人は逆らえないけれど、それでも時代のせいだからとに物事を悲観的に受けてとめて、動く気力も生まれないのだとしたらやはり問題な気がします。

そもそも時代は激しく動いて変化するもの。そもそも平穏無事に何事もなかった時代ないって考えたら少し前向きに生きていけるのではとこの頃感じるのです。

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今週の気になっている本

現在、絶賛実施中の100人コンサルティングプロジェクトでSkypeコンサルでのコンサルティングをさせて頂いたから送って頂いた本です。先日のイギリスのEU離脱のニュースなどを見ているとまさにこのタイトルの通りだなと感じます。

やはり人間は感情の生き物。理屈では動かないのです。

###今日のアクション
というわけで2016年の下半期がスタートしました。上半期もいろいろあったのですが、下半期はいろんな意味で自分にとっての転換点になる、そんな気がしています。引き続きモンハコブログをよろしくお願い致します。

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